か
「勝つのは立海、負けるの氷帝!」
「幸村、テメェ…何の嫌がらせだ」
「一回言ってみたかったんだ、氷帝のコール。…けど、事実だろう?」
「いい度胸じゃねぇの、あぁん?」
コートを眺めながら、二人は不適な笑みを浮かべている。
視線の先には、それぞれのユニフォームを着てウォーミングアップをする部員たち。
風が幸村の羽織ったジャージを翻す。
それを視界の端に捉えて、跡部は宣言する。
「王者だろうと何だろうと、凍りつかせてやるぜ」
「やれるものなら、ね」
答える幸村は余裕の笑み。
試合の火蓋は切って落とされた。
き
「きりーっつ、きおつけー、れーい」
間延びしたクラス委員の号令にあわせて適当に挨拶をし、さっさと席に座る。
教卓の前に立った教師はさっそく教科書を開くように指示をし、黒板に意味不明な英語を羅列し始めた。
俺は窓の外に目をやる。
こんな退屈な英語の授業よりも、大会にむけてテニスの練習がしたい。
新人戦はもうすぐだ。
まぁ、あのバケモノみてぇな三強がいるウちが負けるわけねぇとは思うけど、俺だって試合タイムをもっと縮めて先輩たちを見返してやりてぇし…。そのためにはもっと練習して…
「切原!」
「は…はいっ!?」
唐突に名前を呼ばれて、俺は文字通り飛び上がった。
見れば、眉間に真田副部長みてぇなシワをよせた英語の教師がこっちを見ている。そして周囲のクラスメイトからはクスクス笑い。
やっべー…ぜんっぜん聞いてなかった。
俺は先の新人戦の事よりも目前のピンチを回避するために必死に言葉を探し始めた。
く
…苦しい。
息が出来ない。必死で空気を吸い込もうとするのに、呼吸すら思い通りにならなくて。
苦しくて苦しくて仕方ないのに、身体はちっとも言うことをきいてくれない。
バタバタと慌ただしく医師と看護婦らしき白衣の人間が走り回っている姿を、俺はぼぅっとする頭でまるで他人ごとのように眺めていた。
…苦しい…助けて。
そう思う意識さえ、遠のく。
俺、死ぬのかな。
他人ごとのように言った瞬間。
意識は覚醒した。
「幸村!大丈夫か…!?」
「さな…だ…」
「まったくお前は…具合が悪いなら悪いと言わんか!今日はもう帰れ」
「あ…うん、ごめん…」
そっか、俺部活の最中に倒れたんだ。
保健室のベッドから身体を起こしておれはのそのそと身支度を整える。
さっきの夢は何だったんだろう。
ずっと体調の悪い自分の身体と重なる嫌な予感に、淡々と身支度をしながらも俺は、内緒怯えていた。
け
「喧嘩もいい加減にしろ」
「…だって」
「毎回両方から愚痴を聞かされる俺の身にもなってくれ。迷惑だ」
「…俺、迷惑?」
上目づかいで精市に尋ねられると、つい許してしまう自分がいる。
精市の頭を撫でながら自分の甘さに思わず苦笑した、ある日の部活の帰り道。
こ
恋人同士になったからと言って…俺達の関係が劇的に変化したかと言えば、そんな事は無かった。
予定が合えば一緒に出かけるが、行き先は相変わらずテニスコートでしかなかったし、いちゃつく代わりにテニスボールを追いかけるのが当たり前。
だから。
不意に俺の手を握ってきた神の子さんに、俺は驚いてじっとその横顔を凝視した。
「そんな驚かないでよ。こっちが恥ずかしくなるじゃないか」
そう言ってそっぽを向いた神の子さんの顔は確かに真っ赤で、だんだん俺まで恥ずかしくなってくる。
それでもつないだまま離すことのない手に、確かな幸せを感じた。
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