ま
「まだまだだね」
「ムカチーン。人の台詞取らないでよ」
「でも今日は、俺の勝ち。ボウヤの負けだよ」
「次は絶対泣かす!」
拗ねるリョーマの頭をよしよし、と撫でて幸村は楽しそうに笑った。
全国大会で対戦してから一年。
ようやく、こうしてテニスを楽しめるようになった。
こうして見る世界は、輝いている。
「…ボウヤに感謝しないとね」
「何か言った?」
「ううん、何も」
もう一度頭を撫でてやると、リョーマは尚更むっとした顔をした。
み
みんなで出かけた、冬の海。
潮風は身を切るほど冷たいし、空はどんよりと鈍い灰色に彩られている。
「さ、さみぃ…」
「たるんどるぞ、赤也!」
「…弦一郎が寒中水泳をしたがっている確立、95%。俺はやらないぞ?」
「俺も御免ナリ。やりたいなら独りでやりんしゃい」
「私も遠慮させて頂きますね。ああ、真田君は私達の事など気にする必要はありませんよ?」
「真田ぁ、やりたいってよ!ジャッカルが!」
「ちょ、ブン太!マジでやめてくれ!」
それでも、ギャァギャァと騒ぐ仲間達がいるから、ちっとも苦痛にならない。
みんなと同じ時間を共有できている幸せ。
「で…ブチョー。これから何するんすか?」
「鬼ごっこ!砂浜で走るのはトレーニングになるしね。制限時間は40分。一番たくさん鬼になったやつは、真田と一緒に寒中水泳ね!」
悲鳴を上げる面々を眺めて、俺はケラケラと笑った。
む
「…むずい…」
部室で俺は頭を抱えていた。
俺が手にしているのは、英語の教科書と問題集。
正直、さっぱりわかんねぇ。
今日は部活が休みの日だから、部室に俺以外の人の姿はない。
「…こんなの、簡単じゃん」
「簡単なわけねぇだろ!それならこんな苦労は…は?」
不意に後ろから聞こえた声に反射的に返答して…俺はぎょっとして振り返った。
だってそれは、聞き覚えはあるけれど、こんなところにいるはずのない人物の声だったから。
「越前リョーマ!?何でテメェがいるんだよ!」
「神の子さん頼まれた。アンタに英語教えてやってくれって」
一体どんなツテを使ったのかわからなけど、何て事してるんすか…ブチョー!
よりにもよって、何で越前!?
嫌そうな顔をする俺にはお構いなしに、越前は無造作に次の例文を指差した。
「これ。どうしてここが現在進行形なのかわかる?」
「…わっかんねぇ…」
俺の返答を受けた越前は、困った様にため息をついた。
め
面倒くさい。
俺の頭の中はひたすらにその一言に埋め尽くされていた。
俺の隣には、弦一郎の姿がある。
その弦一郎は先刻から一人で百面相を繰り返していた。
…見ている分には面白いのだが、同じ事を延々と聞かされ続ける状況には、うんざりだ。
「…そんなに気になるなら、さっさと精市に謝って来い」
「いや…だがしかし…」
「そうか。ならお前たちが仲違いしている間に俺が精市を口説いてしまうことにしよう」
「な…!?」
俺の言葉を聴くと、弦一郎は今までの悩み様が嘘であったかのように慌てて走り出した。
…最初からそうすれば良いと言うのに、まったく世話が焼ける。
も
「もう嫌だっ」
俺は叫んだ。けれど蓮二は冷たい目で俺を見ている。
俺がどんなに目を潤ませて訴えても、蓮二の表情は揺るがない。
「わがままを言うな、精市」
「…だって…」
「終わらないと帰れないぞ?」
「無理だよっ、だってまだこんなに書類が…」
「泣き言を言う間があったら手を動かせ、精市」
俺は山積みになっている未処理書類を前にあきらめのため息をついた。
生徒総会前の最終打ち合わせまであと二日。何が何でも昨年より多い部費を分捕らなくてはならない。
そのためとは言え…。
「嫌になるなぁ…」
俺は再びため息をついた。
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