【春のある日】
学校の正門前の桜並木で。
赤也は、次々降って来る桜の花びらをつかもうとぴょんぴょんと飛び跳ねていた。
ひらひらと舞い落ちる花びらは、かすかな風でもふわりふわりとあちこちに飛んでいってしまうので、中々思うように捕まえられない。
いつの間にか向きになっていた赤也は、いつの間にか幸村が傍でくすくすと笑っていることにまったく気づかなかった。
「何やってるの、赤也」
「うぉゎっ、ブチョー!?いつからそこにいたんすか!」
「だから俺はもう部長じゃないって。何回言えばわかるのかなぁ」
「…でも、もうすぐ部長になるつもりなんでしょ?」
「あのねぇ、俺は跡部じゃないんだから無理やり部長になろうとはしないよ」
高校の真新しい制服を着た幸村に苦笑されて赤也はむくれた。
今日は高校の入学式。
もうじき他の元レギュラー陣もやってくるはずだ。
強固の場所に集合する旨(命令)をしたのは幸村であるから、無視するような人物がいるはずも無い。
ただ一人中学に取り残された形になる赤也ではあるが、高校と中学は同じ敷地内にあるので行き来は自由。
最初こそ戸惑うことも多いだろうが、寂しさはじきに薄れるだろう。
「まぁ、入部したらさっさと実権は握らせてもらうつもりだけど。立海の関東連勝を止めたのも三連覇を逃したのも俺だから、まぁ不満も多いだろうけどね」
「…とかいって、そう言う連中は全部ぶっ潰すんでしょ?」
「失礼だなぁ、相手は先輩なんだからもう少し敬意を払うよ」
…さっさと実権を奪い取ろうとしているのに敬意を払うもへったくれも無いものだと赤也は思ったが、黙っておく。
赤也としても、幸村が並み居る先輩連中をばっさばっさと潰して行く様子を見たいところだったりするのだ。
「で、赤也はなにをしてたの?」
「ほら、桜の花びらが地面に落ちる前に掴めれば良い事あるって言うじゃないっすか!」
最初の質問に戻った幸村であったが、赤也の答えを聞くと一瞬きょとん、とした表情をして次の瞬間爆笑した。
言わなきゃよかった、と赤也は思ったがそれはもう、後の祭りである。
「笑うことっすか!?」
「あーもう、かわいいなぁ、赤也!」
「ぎゃぁ、なでないでくださいよ!」
笑いながらぐしゃぐしゃと頭を撫でてくる幸村に、赤也はたまらず悲鳴をあげた。
頭をなでられることは好きだが(ただし幸村限定である)、そうもぐしゃぐしゃにされてしまったのではせっかくセットした髪型が台無しである。
そうでなくてもこのワカメ頭は言うことを聞かなくて大変だと言うのに…!
「この前ボウヤも同じ事やってたんだよねー。ムキになるところがもう、可愛くってさ」
「…ちょっと待ってくださいよ。何でそこで越前が出てくるんすか!?」
「え?俺とボウヤはよく会ってるよ?ボウヤって赤也みたいで本当に可愛くってさ、もう胸キュンなんだよ!」
「そんなん初耳ですよ!いつの間にそんな事になってんすか!?」
赤也みたいで可愛いと言われることに微かな喜びを覚えてしまった赤也ではあったが、しかしそれでも幸村の台詞は無視できるものではない。
いったいいつから越前と幸村はそんなに仲がよくなったのだろう?
真田は、柳は、他の先輩たちは気づいていないのか?
ぐるぐると頭の中を疑問符が飛び交っている赤也などそっちのけで、幸村は越前の可愛さについて語り始めた。
春のある日の、あまりにも当たり前な日常の始まり。
いつもどおりの代わり映えのしない日々であるが、そんな日常が何よりも愛おしい。
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