【冬のある日】
「あのさぁ、ものすごく気に食わない事があるンだけど」
不機嫌そのものの不服そうな表情で、幸村がそう呟いた。
とたんに注がれる、二つの不安そうな視線。
真田と柳にこんな表情をさせられるのは幸村だけであろう。
だが幸村はそれがアタリマエだと思っているから、特に何の感慨も無くその視線を受け止めた。
部室のドアの鍵を閉めてきちんと扉が閉ざされたことを確かめた幸村が、背後で待つ真田と柳のほうを振り返った。
はぁ、と吐く息が白く凍る。
澄んだ冬の夜空の下、幸村の表情はどこまでも不機嫌だ。
「幸村…何がそんなに気に食わないと言うのだ?」
真田が、困ったような表情で問いかけてくる。
彼には幸村が不機嫌な理由に皆目見当がつかないのだろう。
その様子は不機嫌な幸村をさらに苛立たせるだけであるのだが、鈍感なことこの上ない真田はいつまでたってもそのことに気づく様子は無い。
よって、幸村の機嫌はますます悪くなってゆき、表情も険悪なものになってゆく。
「わっかんないかなぁ。蓮二も気に食わないけど真田。お前はもっと気に食わない」
「な…っ」
幸村の攻撃。真田に100のダメージ。
RPG風に例えればそんな解説のつきそうなところである。
幸村に睨まれた真田は大きく目を見開いた後、一気に落ち込んで『気に食わない…気に食わない…』とぶつぶつ呟き始めた。
まとう雰囲気は『どよ~ん』としか言いようの無い代物である。
早くも戦線離脱した真田に変わって次に口を開いたのは柳であった。
彼のことだ、出来れば口出しはしたくなかったに違いない。しかしこの場にいるのは不幸なことに真田と柳の二人きりだ。
真田が使い物にならない以上、幸村をなだめるのは柳しかいない。
このまま放置あいておいたのでは明日もっと恐ろしい自体が待っていることを経験情よく知っているだけに。
「精市…わからないから尋ねているのだろう。口に出さないとわからないこともある」
「むぅ…蓮二もわかんない?」
「あぁ、申し訳ないが。候補を絞ることは出来るが、いかんせん情報不足だ」
「たまにはカンでもいいじゃん。言ってみなよ」
…その当てずっぽうというのが苦手だからこそのデータマンだというのに、そんな柳に向かって幸村は平然と無茶を言う。
柳は内心言葉選びに失敗したと後悔したが、発してしまった言葉はどうあがいても返ってこない。
おまけにプレッシャーをかけるかのように傍にやってきた幸村がじっと柳
のことを見つめた。
普段ならかわいいと思う上目遣いも、こんな時ばかりは威圧感の対象でしかない。
最善の答えが何であるかを必死に模索する柳をしばらく見つめていた幸村であったが、なかなか答えが出ないであろう事を察するとはぁ。とため息をついた。
「さむい」
「「…は?」」
唐突な幸村の一言に、真田と柳の声が見事にハモった。
こんな時ばかりは息の合う二人に向かって幸村はもう一度『寒い』とのたまう。
「俺的に、この寒いのに顔色一つ変えずに平然としてる蓮二って、ものすごく気に食わない。不公平だ。俺はこんなに寒いのに」
いや待て、俺だって寒くないわけではない。ただ顔に出さないだけで…。
と言うのが柳の言い分であるが、そんなことを言ったところで幸村に通用するはずも無い。
それがわかっているだけに、柳はその言葉を飲み込んだ。
そんな柳の様子に幸村は『フン』と鼻を鳴らすと今度は真田のほうに向き直る。
「それで、真田。お前はもっと気に食わない。何でこの寒いのにコートもマフラーも手袋も無いんだよ。しかもなんでそれで平然としてるんだよ」
「…これは日々の鍛錬の賜物で、コートを使用しないのも鍛錬のため…」
「見てるこっちが寒い」
真田の言い分を一刀両断に切り捨てた幸村は『あぁさむい!』と叫ぶ。
コート上ではどんなに寒くても風が冷たくても凛とした雰囲気を崩さない幸村であるが、真田と柳の前ではこの通りだ。
冬は『寒い』とわめき、夏は『暑い』と文句を言う。
しかし寒い天候をどうにかしろと言われても、どうしようもないのが現実だ。
果たしてどうしたものかと考え込む二人に向かって、幸村が両手を差し出した。
『?』マークの飛び交う二人に向かって、幸村が言う。
「寒い。あっためて」
その一言に真田と柳は顔を見合わせて苦笑した。
その二人に幸村からの『だから寒いんだって!』というこえがなげつけられる。
冬のある日の、あまりにも当たり前な日常の夕刻。
いつもどおりの代わり映えのしない日々であるが、そんな日常が何よりも愛おしい。
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真田と蓮二がどうやって幸村を暖めたのかは、想像にお任せしますw
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