その① 豆まき
「ああ、楽しかった!」
幸村が爽やかな笑顔で笑う。
頬を上気させて肩で息をするその姿は、まるで試合後のようだ。
…だが、彼は今まで試合をしていたわけではない。
豆まきをしていたのだ。
その証拠に、周囲にはマメが散らばっており走りつかれた面々がゴロゴロと転がっている。
…実にシュールだ。
至って楽しく元気そうな幸村とは裏腹に、コートに倒れているレギュラー陣は明らかに疲れているようであった。
「もう、皆たったこれだけでダウン?たるんでるよ!」
「精市…何事もお前の基準で考えるな…」
「ブチョー…俺もう限界っす…」
幸村の声に反論する柳と赤也の声にも力がない。
その他の面々に至っては、答える気力もないようであった。
「…まったく、仕方ないな」
その様子を見て幸村は小さく肩をすくめる。
そしておもむろに新しい大豆の袋を取り出すとひっくり返っている赤也の元へと歩み寄った。
「赤也、手、出して」
「…?っす」
差し出された赤也の掌に13粒、大豆を載せて幸村はにやりと笑う。
「神の子からのプレゼント。食べればご利益あるよ」
「どーもっす」
節分の豆にご利益も何も無い気はするが、確かに“神の子からの”と言われると縁起はよさそうである。
ついでに、拒否すると呪われそうだ。
そのまま幸村は全員に年齢分の豆を手渡して回り…最後に真田の前に立った。
「さーなーだ♪」
「…」
幸村に笑顔で促され、真田は手を差し出す。
するとそこに乗せられる、真田の翁手のひらから零れ落ちんばかりの大豆。
「…ねぇ真田。真田って今年42歳だっけ?43歳だっけ?」
「ひゅ、幸村ーっ!!」
疲れも忘れて絶叫する真田に、テニスコートは爆走の渦に包まれたのだった。
その② 恵方巻き
「恵方巻きって…エロイっすよね」
部活の昼休憩。今日は節分だからと真田のお母さまが作ってくれた恵方巻きを部室のテーブルの上に広げていたら、赤也が唐突にそう言った。
その、実に中学生らしい発想に俺と蓮二は顔を見合わせて笑い真田は眉をひそめる。
「赤也!伝統ある食べ物をそのように言うなど…けしからん!」
「だって事実じゃないっすか!なら副部長、想像してみてくださいよ!」
「む…っ、何をだ」
「幸村部長が一生懸命太い恵方巻きを咥える姿!」
赤也のその言葉に、真田は俺の事をじっと見つめて…赤面しやがった。
このムッツリめ!
「ね、ね?わかってくれました!?」
「だ、断じて俺は、そんな…」
「…ほう、弦一郎は流石に中々強情だな。…精市」
見苦しくも真田はまだ必死に言い逃れをしようとしている。
その様子は挙動不審以外の何でもない。
そんな真田を陥落させる策が、どうやら蓮二にはあるらしい。何か企んでいる風の蓮二に呼ばれて、俺は手招きされるままに蓮二のそばへと近づく。
近づいた俺は、蓮二にぐいっと抱き寄せられて、腰に手を回されたまま蓮二の手にしていた恵方巻きを咥えさせられる。
「…弦一郎。これでもまだ否定するか?」
「…ぅぅ…ん」
涙目で上目づかいに真田を見上げつつ小さく声を上げると(勿論全部演技だ)、真田は面白いように動揺した。
「わーブチョー、エロイっすー!!」
「…お、俺は…断じて…キエェェー!」
喜んで手を叩く赤也と、ご乱心の真田。
しばらく俺は奇声を上げつつウロウロする真田を堪能したが…いかんせん、うるさい。
「…真田、うるさいよ」
「むぐぐっ…!?」
とりあえず、さっきまで俺が咥えていた恵方巻きと手近にあったもう一本を、真田の口に押し込んでおく。
うん、静かになった。
「…幸村ブチョー…この副部長見たら、恵方巻きがエロいモンだとは思えなくなったっす…」
赤也があまりにもげんなりした様子でそう言うので、俺は思わず笑ってしまった。
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