【壊した君と、その欠片】(真幸前提、柳幸)
『虚空の欠片』
「精市」
名前を呼べば、虚ろな瞳が俺を映す。
けれど、それだけだ。
何か言葉を口にするわけでもなく、動くわけでもない。
ただ力なく、ソファーに寄りかかるその姿はまるで良くできたアンティークドールのようだった。
あぁ精市にはきっと、アンティークドールのような豪奢な衣装が似合うだろう。今度仁王にでも頼んでみるか。あいつならきっと、精市に似合う物を見繕ってくれるはずだ。
「精市、夕飯だ。ほら、口を開けろ」
そっと口元に食事を運べば、小さく口が開かれたのでそこに箸を差し入れる。
けれど、相変わらず無反応で瞳の光は虚ろ。ここではなく、虚空の彼方を見つめているかの如き眼差しだ。
『幸村精市』を知る人物が見たら、愕然とするだろう。
あの、傲慢なまでのカリスマ性は。あの、相手を威圧する氷の如き眼差しは。喜怒哀楽を豊かに表現する表情は。
一体どこに消えたのか。これが本当に神の子とよばれたあの『幸村精市』なのか、と。
だが、これが俺の『幸村精市』だ。
俺が、壊した。粉々に。
そして今、その欠片を集めて丹念に修復している。
修復に使う欠片は厳選に厳選を重ねたものだ。間違っても精市に、弦一郎への思いが戻らないように細心の注意を払う。
俺は、弦一郎の隣で笑う精市を誰よりも近くでずっと見ていた。
だから、あの二人のどこを突けば関係が破綻するのかも把握していた。
そしてその準備が整った一週間前。
俺は、精市と弦一郎の関係を壊した。
結果精市は壊れて粉々になり、弦一郎は深い絶望の底へと落ちた。
一応弦一郎の事は親友だと思っていたから、間違っても自殺などしないように定期的に励ましと言う名の監視を続けている。…元の『真田弦一郎』としては使い物にならないかもしれないが、人間としてはまだやっていけるはずだ。
そして精市は俺が引き取った。
最初は名を呼んでもこちらを見ることすらしなかったのだから、この一週間で修復はそれなりに進んでいると言って良いだろう。
精市のあの明るい屈託のない笑顔が、甘えるような我が儘が、俺に対してだけ向けられるまで…例えどれほどの時間がかかろうとも、絶対にやり遂げてみせる。
例えそれが、狂っていると評されても。
狂っていて、何が悪い?
「精市、もう食べないのか?」
まだ食事は半分程残っていたが、いくら差し出しても精市は口を開かなくなった。
俺の問いかけに反応する様子は、無い。
着実に進んでいるとは言え、先は長い。
俺は食器を下げるべく立ち上がり、手早くまとめると流しへと向かう。
一刻も早く片づけを終わらせて精市の側に戻らねばならない。
だから俺は、気づかなかった。
背を向けた俺に精市が、昔のような全てを見透かした如き笑みを浮かべていた事に。
コワスコトヲノゾンダノカ。
コワサレルコトヲノゾンダノカ。
真実は全て、狂気の海の中に沈む。