「幸村さん、雛あられ食べます?」
俺は、小さなお菓子の袋を幸村さんに差し出した。部室に俺と幸村さん以外の人の姿は無く、外は夕焼けで真っ赤に染まっている。
監督に居残り練習を命じられた俺がどうにかメニューを消化して部室に戻ってくると、そこには幸村さんの姿しかなく、他の人達はみんな帰ってしまったようだった。
珍しいこともあるものだ、と思う。
先輩達が先に帰るのは常の事だが、いつもなら真田さんと柳さんが絶対に一緒に残るのに。
が、聞けば真田さんと柳さんは二人して職員室に行っていると言う。次の練習試合のオーダーの変更を監督に打診しに行ったらしい。
3年の先輩達が決めたオーダーは、幸村さん達の思惑からはかけ離れていたみたいだ。
幸村さんは俺にそう説明すると今までの試合のスコアとにらめっこを始めてしまったので、俺はさっさと着替えようとロッカーを開けてカバンのファスナーを開けた。
そこで目についたのが、昼間にクラスの女子からもらった雛あられだった。
「そう言えば…もうすぐひな祭りだったね」
「そっすねー。正直俺もこれもらうまで、すっかり忘れてました」
幸村さんの綺麗な手が、袋からあられを摘んで行く。そのあられが幸村さんの口に吸い込まれて行くのに、俺は思わず見とれていた。
一連の動作は何気ないもののはずなのに、すごく優雅できれいで。
「幸村さんって…雛人形で例えると絶対お雛様っすよね」
思わず俺は思った事をそのまま口にしていた。
幸村さんは一瞬きょとんとした後、ふふっと笑う。
「残念だけど俺はお雛様なんて御免だし、そもそも俺はお雛様の立場とは全然違うよ」
「…そうっすか?」
…絶対お雛様だと思うんだけど。幸村さんならきらびやかな十二単だって着こなせると思うし。
俺のそんな思いはモロに顔に出ていたらしい。
笑った幸村さんにぶに、と頬をつつかれて俺は憮然とした。
どーせ俺はわかりやすいっすよ!
「って言うかさ、俺はお雛様よりお内裏様だよ」
「え、何でっすか?」
「だってお雛様が中宮…てか皇后で、お内裏様は天皇だろ?平安時代は一夫多妻な世界だから…いくら一番の権力を得たとは言え、俺が大勢の后の中の一人なんて冗談じゃないし、有り得ない。むしろ俺がお内裏様で国政を思うままに操ってみんなを侍らせる方がよっぽどしっくり来るだろ?」
…まぁ確かに、幸村さんが大勢の中に埋没するとか考えられねぇし、ライバルを蹴散らして一番の愛情を得るために努力するなんて似合わない。
幸村さんは一番で当たり前。むしろ周囲が幸村さんからの愛情を得ようと周囲が躍起になる方がよっぽどしっくり来る。確かにその意味で言えば、幸村さんはお雛様って言うよりお内裏様なんだろう。
でも、何だかなぁ。
「その理屈で行けば、俺がお内裏様で皆がお雛様だよね」
「ちょ、やめてくださいよ!真田副部長の十二単とか、マジでキモいっすから!」
「む?何だ、赤也。何か言ったか」
俺が叫んだ直後のタイミングを見計らったのように扉が開き、真田さんが入ってくる。
瞬間的に俺と幸村さんはその十二単姿を想像し…爆笑したのであった。
真田さんが渋面になったのは、言うまでもない。
しばらく俺と幸村さんは真田さんを見るたびにその想像がよみがえり、笑いをこらえるのに苦労する羽目になったのであった。
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